mogのブログ

アラフィフのバイト

保険が満期

mog

養老保険というものに加入していました。

入ったのは二十歳ごろ、ご近所さんに生保の方がいて勧められて入りました。

毎月一万円程度、満期が50歳。


満期になったらこれだけ増えるのよ、と嬉しそうに話す生保のご近所さんでしたが、私は50歳まで生きて満期で受け取るという自信がなく気が進まないまま何となくハンコを押しました。

ご近所さんが喜んでくれるならまあいいかな、という上から目線的な目で見ていました。


その日が来ます。

長かったけどあれから30年も経ってしまいました。


払い込み金額よりも多く受け取れる満期の金額に驚いてしまったのですが、入ってやったはずの生命保険に頭が下がる思いです。

今は感謝しかありません。

ご近所さんに感謝しかありません。

手術の時も助けていただきました。


同じく養老保険にと考えたのですが、今の年齢から加入すると払い込み金額の方が多くなってしまうとのこと。

お話によると終身保険?というものがいいみたいです。


満期のお金をどうするか。

悩みます。。。




有機栽培の人参を上だけカットして育ててみました。


1ヶ月ぐらいかな、育ちました。


今日は少しちぎってサラダにのせて食べました。

ここまで育てたのは初めてです。

これはいつまで育つのでしょうか。

満期あるのかな。。

言った言わない問題でわからなくなるかもしれない

mog

職場には社員とバイト民が存在しています。

社員よりバイト民の方が多く年齢層は10代から60代(推定)までいます。


バイト民の先輩方から教わったこと。

Aが発生したらBをする。


ある日、Aが発生したのでBをしました。


社員さんが「Bはやらなくていいですよ。」

と言うのです。


私「Bやるんじゃないですか???」


社員「Bはやらなくていい、A件数が多い場合のみ。」


私「、、、わかりました。」


わかりました、と言ってしまったので私はわかってしまったのです。

私どうするの?

件数に応じて、って曖昧すぎるし、人によって違うんじゃないだろうか。

それにバイトの先輩に「Bやれ」と注意されたらどうする?

教わった通りにできない人だと思われないか?

違うことを社員から教わりました、と正直に言っていいのか?

誰に言われたか?問題に発展しないだろうか?

この場合、誰が間違ったことを教えていることになって犯人探しにならないか?

そうなればバイト民全員に「聞いているか?」の確認が行われるだろうし、その時に当然誰が?という話になるのでは。


いつも通り、私の頭の中では最悪の事態しか考えられないので、それだけでビビってしまいました。


どうするかな、、、




大阪四天王寺の大黒天。


お寺ですが大黒天、七福神の神がいらっしゃいます。

なぜお寺に神がいらっしゃるのか、私にはわかりませんし、もしかしたら提灯に大黒天と書いてあるだけで中には観音様がいらっしゃるのかも。


ホームページから


ということらしいです。

当時は何もわからず提灯が可愛いだけで満足して参拝しましたが、先に勉強してから参拝すればよかったかな。

御朱印もお堂それぞれにあったようでした。

よくわからないまま代表的な御朱印だけ頂きました。


心が疲れた時に読む本はありますか?

mog

心が疲れた時、何もしたくないです。

ポジティブな本を読むと、外へ出よう、光にあたることでセロトニンが増えるとか書いてあって納得はするのですが実践できません。


疲れているのに疲れることはしたくない。


そんな時に読む本があります。

それは結婚式の時に式場からプレゼントとして頂いたものでした。

私はクリスチャンではないので聖書を頂いても読むことはないだろうな、というのが本音。

全く興味なく数年間眠ったまま保管していました。



それはある日突然やってきました。

インターホンが鳴り出てみると、聖書を教える人がいました。


宗教に興味ないので断りました。


でもそこで私は自分が聖書を持っていることに気がつきました。

そうだった式場でもらった聖書があった。

探し出して出てきた聖書。



当時の綺麗なまま、新品そのものです。

牧師さんからメッセージがあることは当時もわかっていましたが、今改めて見ると感動します。

ありがたい言葉を頂いていました。


探し出してからもう数年経ちますが、疲れた時に読みます。

なぜ読むのかと言いますと、ある箇所を読むと涙が溢れて泣いて泣いて、そしてスッキリするからです。


クリスチャンではないし、無宗教で占いを信じるし神社やお寺も行きたい放題自由に生きていますが、聖書のある箇所を読むと泣いてしまうのです。

理由はわかりません。

クリスチャンの方々だと気に入った聖句とかあると思うのですが、決して好きな聖句でもないのです。


その箇所はマタイによる福音書5 、「山上の説教」というもので、イエスキリストが群衆の前でお話しされた言葉らしいです。

お話の中の一部だと思うのですが、この部分だけ涙が出てくるのです。


幸い

心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。

悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。

柔和な人々は、幸いである、その人たちは血を受け継ぐ。

義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。

憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。

心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。

平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。

義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。


まだ続きはあるのですが、この箇所だけ涙が流れて、毎回泣いてしまうんです。

この記事を書く前に読んで泣きました。

理由はわかりませんが泣いてスッキリします。


いつでもすぐに泣ける貴重な本です。