心が疲れた時に読む本はありますか?
心が疲れた時、何もしたくないです。
ポジティブな本を読むと、外へ出よう、光にあたることでセロトニンが増えるとか書いてあって納得はするのですが実践できません。
疲れているのに疲れることはしたくない。
そんな時に読む本があります。
それは結婚式の時に式場からプレゼントとして頂いたものでした。
私はクリスチャンではないので聖書を頂いても読むことはないだろうな、というのが本音。
全く興味なく数年間眠ったまま保管していました。
それはある日突然やってきました。
インターホンが鳴り出てみると、聖書を教える人がいました。
宗教に興味ないので断りました。
でもそこで私は自分が聖書を持っていることに気がつきました。
そうだった式場でもらった聖書があった。
探し出して出てきた聖書。
当時の綺麗なまま、新品そのものです。
牧師さんからメッセージがあることは当時もわかっていましたが、今改めて見ると感動します。
ありがたい言葉を頂いていました。
探し出してからもう数年経ちますが、疲れた時に読みます。
なぜ読むのかと言いますと、ある箇所を読むと涙が溢れて泣いて泣いて、そしてスッキリするからです。
クリスチャンではないし、無宗教で占いを信じるし神社やお寺も行きたい放題自由に生きていますが、聖書のある箇所を読むと泣いてしまうのです。
理由はわかりません。
クリスチャンの方々だと気に入った聖句とかあると思うのですが、決して好きな聖句でもないのです。
その箇所はマタイによる福音書5 、「山上の説教」というもので、イエスキリストが群衆の前でお話しされた言葉らしいです。
お話の中の一部だと思うのですが、この部分だけ涙が出てくるのです。
幸い
心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。
柔和な人々は、幸いである、その人たちは血を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。
憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。
心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。
平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。
まだ続きはあるのですが、この箇所だけ涙が流れて、毎回泣いてしまうんです。
この記事を書く前に読んで泣きました。
理由はわかりませんが泣いてスッキリします。
いつでもすぐに泣ける貴重な本です。
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